2003/ 3/ 1 - 31
2003/ 3/31(晴)
・昨晩は全然眠れなくて、週明けはやたらと眠い.いつの間にやら駅へ行く道の桜もほぼ満開となっていて、なんだかますます眠気を誘う気候だ.仕事中、上司から今週水曜に飲み会やるぞという声が掛かったので、てっきりお花見かと思ったら、居酒屋でやるとの事.何だかつまんねーな.
2003/ 3/30(晴)
・都電の荒川線に初めて乗ってみる.大塚から早稲田までしか乗らなかったが、前にへばりついていると、速度が遅いこともあってナカナカ楽しい.途中神田川沿いでは桜も咲いていて、この季節はいい感じだ.帰ってきてからついつい部屋で寝てしまいなんだか今晩は寝れ無そうな感じ.
2003/ 3/29(曇)
・横浜三ツ沢競技場に行く.今年初の J 観戦だ.永山から橋本を経由し、新横浜で地下鉄に乗り換えるが、急行やら快速がタイミングよく来たので、新横浜には予定より 30 分以上早く着き、時間が出来たのでカレーを食べてから地下鉄に乗る.三ッ沢上町からは同じく球技場に行く人にくっついて行く.今日は新潟出身の後輩と一緒という事で、一応私もユニクロのオレンジ色のパーカーを持って行って球技場でそれを着るが、今日は土曜ということもあってか、想像以上に新潟の応援の人が来ている.横浜 FC 側はユニフォームを着てない人も多いが、新潟側は殆どがオレンジ色のユニフォームを着ていることも有って、バックスタンドのアウェイ側はオレンジ一色.入場者数も、行く前は 3,000 人ほどと予想していたが、6,000 人入っていた.
・試合も新潟が 4-0 くらいで勝つかと思っていたが、新潟の元代表の山口の調子がやたらと悪そうだったのと、横浜の横山がいい動きをしていたせいで、後半 40 分くらいまで 0 - 0 が続く.城も横浜 FM を追い出されて反省したのか、まともなプレーをしていて元代表の片鱗を見せていた.結局後半 40 分頃に横浜が綺麗なミドルシュートを決め、その後新潟の一方的な猛攻に耐えて 1-0 で横浜が勝つ.後輩もちょっと残念そうだったが、試合もそれなりに面白かったし、新潟の応援も遠路はるばる大挙して押しかけて来ただけあって盛り上がっていてナカナカ良かった.
・帰りは横浜駅で別れて、私はちょっと花見の下見に上野公園に行ってみる.先週の真ん中あたりで気温が上がった所為か、三分咲くらいに咲いていて、人出も多く、宴会も随分盛り上がっていた.けど、出店の数ってこんなに少なかったかなー.この分だと来週半ばに満開で、末に散り始めってとこか.
2003/ 3/28(晴)
・昼休みに新潟出身の後輩とご飯を食べながら話していたが、明日は J2 の新潟の試合が関東であるらしい.調べてみると 14 時から三ツ沢で横浜 FC のホームゲームであるとの事.横浜 FC といえばモネールがいるのかどうか気になるが、横浜 FM から追い出された城もいることだし、今回は彼に付き合って新潟を応援するにせよ、ちょっと見に行こうかという事になる.帰りにローソンで前売り券を買う.
2003/ 3/27(晴)
・朝、会社に行く途中、大栗川の橋を渡ると、川面に翡翠色の小さな鳥が飛んでいくのが見えた.翡翠を見るのは久しぶりだが、以前見たのも確か多摩川だったから、この辺に生息しているのだろう.いやいや、ナカナカ良いものを見たなー.
・年度末という事であちこちで送別会が行われているが、昨日行った送別会の後、更に別の送別会に合流した組もあり、今日は休む人もいれば入院した人もいるようだ.桜の開花まであと一週間だというのに、宴会続きで大丈夫かいなー.
・ブラジルのダンス音楽を集めた BAHIA 2003 の CD を後輩が持っているので貸して呉れと言ったらテープに落としてくれた.カセットテープを聞くなんて何年振りかだがミニコンポのカセットデッキはちゃんと動いてくれた.聞いてみると私の知っている曲も半分くらい混ざっている.今年度版は CD 2 枚組みだが、半分は 2 年以上前の曲を収録してるって事かい.ブラジルの音楽業界も不作続きなのかなー.そういえば今日のニュースで、B'z が過去のリメイクのシングル CD を 11 枚一斉に売り出したら、オリコンのランキングを 1 位から 11 位まで独占したらしい.当然トップ 10 を 1 グループが独占したということで史上初といっていた.しっかし、旧曲にランキング完全独占されるって、余程今流行っているようにみえる曲ってのは魅力が無いんだなー.
2003/ 3/26(晴)
・夕方から送別会があった.会社を辞めてた後輩たちも来てて、久しぶりに話し込んでしまった.このご時世だから他の情報通信業もナカナカ厳しいらしい.今週は送別会が立てこんでいるみたいで、終わってから別の会に行くツワモノもちらほらといる.金曜日と勘違いしてるなー.
2003/ 3/25(雨)
・昨日は随分と暖かかったのに、今日は雨が降って寒くなった.天気予報では明日はよく晴れて気温も随分と上がるらしい.日替わりで暑くなったり寒くなったり体調に気をつけねば.
・昨日は日経平均株価が随分と上がったのに、戦争の長期化が予想されて、今日はアメリカ共々一気に暴落していた.なんだか日本経済も脆いなー.
2003/ 3/24(晴)
・以前隣のビルの抽選会で当たったお食事券が、今月末で有効期限を迎えるので、皆さんとぞろぞろ食べに行く.ランチメニューの高そうな店を物色し、豪華絢爛な食事をして満足.次の抽選会が始まったらまた行って当てなくては.
・最近は夜の NHK も戦争のニュースばかりだ.戦争のニュースというのは太平洋戦争当時からそうらしいが、当事者の伝える内容というのは、お互いに劇的に食い違っている.今回は日本もアメリカ側で参戦していて、読売新聞や朝日新聞なんてかなり偏り切った報道をしているが、それでもアメリカ国内程の報道規制は受けてないようだ.最近はインターネットもあるから、情報統制したい政府関係も大変だろうな.私はえひめ丸の原潜衝突事故報道以来、CNN を東スポ並みの信頼性しか置いていないが、米国内の報道も相変わらずのようだ.アメリカがイラクの捕虜の映像を映すと、イラクもアメリカの捕虜を映し、それに対してアメリカが捕虜を映すのはジュネーブ協定違反だと噛み付いたが、見事なまでの論理破綻だなー.ちなみにアメリカはアルカイダの捕虜はジュネーブ協定外であると勝手に宣言して窒息死させたり虐待しているが、彼らにとってそれは正義だし、アメリカ国内で報道する必要も無い内容なのだろう.
・更に最近は異なるイラクとの対戦姿勢を鮮明にし始めたトルコも怪しげな動きを見せているみたいだが、トルコがイラクに侵入したら、イラク開放を大義名分にしているアメリカは、イラク側に付いてトルコと対戦するのだろうか?
2003/ 3/23(晴)
・この前京王線の駅貼りポスターで目を付けていた朝香の宮邸に親と行ってみる.宮家の建物という事でもっと古風なものを想像していたが、外見は四角いコンクリート建ての大きな建物という印象でさほど感銘を受けない.まあ庭園と部屋の中はそれなりに立派だが、直ぐ脇を首都高速が通っていて、車の騒音が激しいので何だかイマイチ.京都の建物のようにには行かないものだな.親は夕方から名古屋の姉の家に行くので、目黒駅で一緒に昼ご飯を食べて送り出す.
2003/ 3/22(曇)
・親が夕方から東京にやってきた.とりあえずインターネットで府中にホテルを取ったが、一緒に行ってみると、これがナカナカ良いホテルで、東京といえども府中くらいまで来ると安くて良いホテルもあるんだと感心.
2003/ 3/21(晴)
・後輩の結婚式の二次会が恵比寿であったので、行ってみる.当事者はともかく、こういう会があると、普段は会えない昔の友人とかに会えるのでなかなか楽しみ.うちの会社も昔は組織が小さかったが、2-3 年前に合併で大きくなって、組織も事業所も細分化され、みんなバラバラに散ってしまったし、会社を辞めた者も多いので、こういう機会でもなければナカナカ顔を合わせる事も無い.同期でも話したの一年ぶりくらいのがいっぱいいたなー.
2003/ 3/20(晴)
・藤沢のあたりで目が醒め、通路のベンチに座ってボケッと外を眺めているうちに、7 時前に東京に着く.着いても未だ寝ているツワモノもいるが、大体皆さんちゃんと起きてたみたいだ.車内はいつの間にやら満席近く埋まっていた.東京駅構内にある東京温泉に行くと、これまた朝っぱらから結構人が入っている.夜行バスのドリーム号で来るとここの割引券が貰えるのだが、列車だとだめらしい.さっぱりして何気ない顔してそのまま出社する.
・午後から立会川の事業所に出かけるが、いつに間にやら川をうめていたボラが綺麗さっぱりいなくなっていた.また一気に何処かに出没するのだろうか.
2003/ 3/19(晴)
・以前いた会社の上司が退職するが、その送別会が大阪であるということで、午後から会社を休んで大阪に行く.行く前にインターネットで空き席情報をみると、帰りの夜行バスもかなり空いているようなので、とりあえず行きの新幹線のビ券だけ買って新幹線に乗る.大阪駅に着いて、JR 高速バスターミナルに行くと、なんと今晩の関西発関東行きの全てのバスは満席.ドリーム号なんて大阪-東京だけで 10 便くらいあって、しかも各便 8-10 台くらいバスがあるから、全部で 100 台以上あるはずだが、それが全て満席とは参った.近くの旅行会社に行って、私鉄バスを探してもらうが、私鉄バスの関西発関東行きは全て満席.時刻表をみてると特急サンライズ瀬戸出雲ってのが、一般座席を連結しているみたいなので、それも見てもらうが満席.仕方ないのでブルートレインと言われている寝台急行銀河の B 寝台をとる.バスに比べて 2-3 倍くらいお金が掛かっちゃったなー.
・送別会では地元の他に、私のように会社を休んで四国や北陸、名古屋からも昔の仲間が集まっていて、なんだか懐かしい顔ぶれが揃っている.人が多い上に料理が鍋だったので、なんだか無茶苦茶暑かったが、まあナカナカ良かった.終わって駅に行き列車に乗るが、寝台列車なんて小学校の時以来じゃないかなー.大阪駅を出るときには 1/3 くらい埋まっててそれなりに利用客は多い感じだ.4 列椅子のバスだと大阪-東京は 5,000 円で、さすがにそれの 3 倍以上の値段もするということで学生姿は無く、スーツ姿や年を経った人が多いが、この寝台列車の横になって揺れるという感じは何だか独特だなー.
2003/ 3/18(雨)
・アメリカがイラクに宣戦布告をしたようだ.イラクが国連決議を守らないという理由で、国連決議に反して攻撃するってもの変な話.今回フランスがアメリカを敵に回しているが、戦争後にイラクの石油利権を失ったとしても、今回のフランスの態度は改めてフランスの名を世界に刻むのだろうな.それに比べて小泉川口組の日本は、まあそれなりに損得勘定はしているのだろうが、まるで思考無き奴隷の如き態度でやんなっちゃうなー.国連決議を守るというならアメリカに反対すべきだし、アメリカに組して石油利権を奪うつもりなら、自衛隊と石油技術者をアラビア海に派遣して、戦争と同時に油田の 5-6 個でも占拠しちまえよって感じ.国連憲章順法組には今更まわれないのかもしれないが、どうせ略奪組にまわってテロの標的にされるのなら、お金だけ貢んじゃ無くて性根据えて獲るもの獲って来いやという感じ.
2003/ 3/17(雨)
・帰りにヨドバシカメラで写真を取ってくる.部屋で見てみると、良いのも有るしだめなのも有るしそれなり.バスの窓から撮ったやつは、窓の色が被っていて、全体的に真っ青な感じに写っている.まあ、これは仕方ないとして、想像以上だったのがズームレンズと短焦点レンズの差.今回は去年買った TAMRON の 28-200mm ズームを持っていき、結構多くをこのレンズで撮っている.撮っていたときには気づかなかったが、特に長焦点側での糸巻型湾曲が激しい.それと、単焦点でとったやつとコマが隣同士になっているものでは歴然と分かるが、色が濁っている.基本的に明るい時間帯はズームで撮るようにしていたが、念のため適当に単焦点も混ぜて撮っていて、おかげでいくらかは救われているって感じ.このズームレンズは小型軽量なのが大きな特徴で、私もその部分を大いに買っている訳だが、写りに明白な差が認められるなら、出動場面も今後は考慮しなきゃだめだな.
2003/ 3/16(晴/雨)
・朝は晴れていたので、近所の原峰公園に行ってみる.梅はもう終わりのようだが、枝が切られていたのでこれじゃあ梅の実も生らないな.その後新宿に出てフィルムを出してくる.出来上がりは明日だが、今回は本数も多いので明日はちょっと出費がかさみそうだ.
・電車では端の席に座りたがる人が少なからずいる.私は特に冬は寒いのが嫌なのと広々したのが好きなので、空いている限りはど真ん中に座るのだが、端の席に好んで座る人は、横に人が立ったりドアが開いたりするのは鬱陶しくないのだろうか.新宿からの帰りの電車は調布で人が降りたので適当に座るが、真ん中が埋まっていたので、端を一つ分空けてその横に座る.府中でまた人が降りていったが、近くのドアからおやじが乗り込んできた.これだけ空いていれば何処でも好きなところに座れば良いものの、わざわざ私の横の端の席に座ろうとして、私の太ももの外側にお尻をぐりぐりと割り込ませて無理やり座ってしまった.確かに他の端席は埋まっているものの、全体でみればガラガラなわけで、お前、人を押し退けてまで端に座りたいか、他人を押し退けて座るくらいなら一言くらい声掛けれって感じ.
2003/ 3/15(晴)
・今日で旅行は終わりということで、ホテルに荷物を置いて午前中はぷらぷらし、昼前に荷物を取って千歳空港行きの列車に乗る.たまたま丁度ニセコリゾートエクスプレスという特急がやってきて、ガラガラだったのでそれに乗るが、テレビやビデオも付いていてもうちょっと乗っていたい感じだ.途中で釧路からの特急おおぞらとすれ違うが、この列車は何だか爆発的に混んでいた.この時期は釧路方面は客が多いのか、列車も増結していたが、流線型の先頭車両が 4 台連続して繋げているのは、マッチ棒を縦に並べたみたいで変な感じだ.先頭車両なんて座席数が少ないからあまり効果は無いだろうに、まあ車両が足らないんだろうな.千歳空港駅は地下駅で、南千歳から地下に潜るが、以前はこの近く間の壁に、不思議な光る動画が付けられていたが、今は作動していないようだ.これは壁に数メートル間隔で LED で作った絵をずらっと並べ、その横を走る列車の中から見ると、残像効果であたかもテレビの画面のように絵が動いて見える実に不思議かつ綺麗なものだったが、無くなってしまって残念.
・千歳空港でラーメンを食べ、適当にお土産を買って飛行機に乗る.窓側の席で、席の上の棚がいっぱいだったで、通路向かいの棚にお土産の紙袋を置いていたが、羽田に着いて棚の下のおやじが、私の紙袋を下ろして、隣の連れにこれおまえのだっけ、等と聞いている.普通なら他人の荷物を勝手に下ろしたら、元の位置に戻すものだが、何だか暫く席の上に放置し、挙句の果てに持っていこうとしたので、隣にあった雑誌を掴んで投げつけようとしたら、なんだか気づいたようでその荷物を棚に放り込んで、さっさと出て行ってしまった.ちっ、油断も隙もあったもんじゃねえな.
・羽田からはバスに乗って聖蹟桜ヶ丘へ.行きはお台場を通ったが、帰りはルートが違うようだ.夕方という事で都内方面の高速道路はやたらと混んでいる.一時間乗って漸く品川あたりを過ぎる.昨日歩き過ぎたこともあり、聖蹟に着いたらへとへと.だらだらとアパートまで歩いて帰る.
2003/ 3/14(晴)
・日の出は 6 時頃という事で 5 時半に起きて窓から外を眺めているが、東の空には雲が掛かっていて結局日の出は見れず.6 字過ぎに着込んで外に出てみる.昨晩少し雪が降った所為か着氷している木があって綺麗だ.しかしよく見ると同じ種類の木でも、場所によって全く雪や氷が付いてなかったり、或いは上から下まで真っ白になっているやつもあり、狭い範囲でも微妙な気候の差異があるようだ.
・クリスマスツリーの木と呼ばれる木の場所に行ってみるが、ちょうどたった今からスノーモービルで融雪剤を撒き始めて、真っ白な雪原が黒く塗られていく.まあ、これはこれで春の光景なんだろうな.
・8 時頃に宿に戻って朝食を摂る.戻る途中で宿屋の娘さんが小学校に行くバスを待っているのを見たと話していたら、この辺では小学校は皆学校バスで通学だそうだ.学校なんてこの宿からも見えて、さほど遠いとは思われないが、冬は危険だからバスを使うのかと思っていたら、夏でもバス.少なくともこの町に住んでいる人は大人子供を問わずに、二本足で歩くという事をしないそうだ.宿屋の人も十余年前に北海道に移り住んだらしいが、とにかくありとあらゆるとこに行くのに車を使うことに最初は驚いたそうだ.ほんの数十メートルの用事でも必ず車を使い、学校で用事がある時なんて、どんなに近くに住んでいる人でも車で来る確率は 100% で、いくらなんでも極端だよなー、等と話していた.ちなみに小学校は塔の付いた非常に立派な建物だが、生徒数は 36 人で、来年度から廃校になった隣の小学生が転入してくるけど、そこの学校は 2 人しか生徒がいなかった等といっている.この辺は観光地で全然侘しくも無いし、過疎の雰囲気なんて全く無いが、想像以上に人口密度は薄そうな感じだ.
・9 時頃には木に付いていた雪や氷は溶ける.宿を出て、去年と違ったルートで美瑛まで歩くことにする.日が昇ると一気に気温は上がって、歩いていると暑いくらいだ.時折観光バスとすれ違いながら、11 時過ぎに美瑛駅に到着.去年は駅前は何やら工事をしていたが、何だか非常に綺麗になっていた.駅前のコンビニで昼ご飯を買って旭川行きの列車に乗る.
・旭川から札幌までは特急で 1 時間半ほどで着く.一昨日の旭川のボロホテルに懲りていたので、とにかく新しいとこにしようと東横インを取る.ここは去年に渋谷駅新南口に 6 千円台のホテルをオープンさせた格安ビジネスホテルで、北海道内でも去年から一気に 7-8 件オープンさせようとしている.チェックインは 16 時からということで、荷物だけ預けて小樽に行く.
・日本海沿いを列車は走るが海は非常に穏やかだ.この区間は防波堤も防潮堤もなく、線路が海に直に面しているが、高い波というのは来ないとこらしい.小樽築港には東京のお台場を思わせる観覧車付きの巨大なショッピングモールとヒルトンホテルなんかが港に出来ているが、いくらなんでもこれを賄えるくらいの人が来るとも思えない.バブルの夢未だ醒めずといった感じだ.
・南小樽で降りて倉庫の方に行く.南小樽から行く場合にはまずはオルゴール博物館が最初にあるのだが、ちょっと驚いてしまった.小樽には十年ぶりくらいで、以前は運河と倉庫の他には北一ガラスしかなかったが、なんだか神戸のようにやたらと小奇麗に整えられて、しかも観光客うようよ.行きの飛行機は満席で、若い人も多かったが、今までの道北道央エリアではそれらの姿を見かけず、一体観光客は何処に消えたかと思っていたが、これをみて謎が解けた感じだ.少なくとも若い女の子は小樽に大集合している風である.今回の目的は倉庫の夜景と北一ガラスなので、北一ガラスのアウトレット自分用店というとこに入って傷物ガラスコップを自分のお土産に買う.夕方の程よい時刻になったので、運河に出てしばし写真を撮って小樽駅から札幌に戻る.
・札幌では学生時代の友人と飲み屋に入って 22 時半くらいまでぐだぐだしゃべって分かれる.大通り公園に出てみると、温度計は +1.7 度を示している.先週歩いたときよりも 10 度近く気温が高い.こりゃ雪も解ける訳だなー.ホテルに戻ってこの安さがウリのホテルをいろいろチェックするが、この安さの秘密はまず調度品に安価なものを使っていることがあげられる.それでもビジネスホテルということで、部屋からインターネットは繋ぎ放題で、ズボンプレッサーも置いてあるし、大きな掛け時計が掛かっているのもホテルにしては珍しい.浴槽の電球は蛍光灯式電球を使っているようで、こういうところで経費を抑えているのだろう.今までのホテルに必ず付いていたエッチビデオが無いのも特徴の一つだな.私は豪華なホテルより綺麗なホテルが好きなので、こういうのは歓迎だ.ベッドが大きくて朝ご飯のバイキングも付いて来るし、都市部では今度からこういうホテルにしておこう.
2003/ 3/13(雪)
・旭川は雪だったが、札幌行きの電車に乗ると晴れてきた.駅で買ったファストフードのハンバーガーを食べ窓の外を見ていたら、だんだん霧がかかってきたが、地面の部分は明るく輝いていて幻想的だ.よく台風後や夕立後にも下だけ明るくなるが、太陽が高い時間帯ではあまりみかけない光景だ.
・滝川で降りて根室本線の列車に乗りかえる.ふと思い出したが、稚内に行くときに見た釧路行きの列車だった.富良野までの1時間ほど外を見ていると、山間部なのに随分と雪が解けている.これはちょっと予想に反してるなー.畑では融雪剤をあちこちで撒いていて、黒々と跡が残っている.列車は富良野で 20 分停車し、一両増結して 2 両になって出ていった.駅前の観光案内所で地図とパンフレットを入手.
・富良野からは旭川行きの列車に乗り換えて中富良野で降りる.私の前の席に座っていた女子高生も降りるが、駅の待ち合い室で友達と待ちあわせていたようで、座っておしゃべりしている.次の列車まで 1 時間ちょいあるので近所を散歩するが、この時期には何もない.駅裏のスキー場も休みだ.駅に戻って次の旭川行きに乗るが、さっきの女子高生もまた乗ってきた.この辺は手頃な喫茶店もないから、この寒い時期に暖かい場所で友人とおしゃべりしたいときには、どこか行くか帰るついでに途中駅で待ちあわせて、駅の待ち合い室でおしゃべりして次の列車に乗るのだろう.
・今度は上富良野で降りる.中富良野に比べて大きな街で、駅の近くのスーパーで昼ご飯を買う.スーパー内の屋台でたいやきを売っていたが、いろんな種類があるので、ブルーベリー餡を呉れと言うと作ってないと言われ仕方無しにつぶ餡にする.聞いてみるとこちらでよく出るのはつぶあん、東京でよくでるのがかぼちゃとチーズだそうだ.
・地図に出ていた公園で昼ご飯を食べようと思ったら、冬はスキー場になっていた.上富良野は自衛隊の街なのでやたらと自衛隊が多いが、このスキー場でも自衛隊が雪上訓練をしている.スキー場には用は無いのでまた歩くが、この辺にはカラフルな家が多いことに気付く.だいたい北海道の家は本州と比べて形状や色使いが全然違うが、特にこの街ではパステルカラーの家がやたらと多いような気がする.よさげな場所はないかとふらふらするが、気温が高くて道路はびしょびしょだし、吹雪いてきたので駅に退散する.
・駅の待ち合い室でさっき買った昼ご飯を食べ、次の旭川行きに乗って美馬牛で降りる.予定より一本早い列車だが、この天候だしもういいやという感じ.1 駅だけなのに峠を超えたからか晴れている.宿に荷物を置いてカメラを持って散歩に出かける.日没は 17 時半ころだが、16 時半ころから急激に気温が下がり、濡れていた道路があっという間に凍りつく.西の空には雲があって結局夕焼けはみれずに宿に戻る.
・夕ご飯を食べた後、ベランダに北キツネが来た.毎晩餌をもらいに来るそうだ.キタキツネはエキノコックスを持っているので、餌は地面に置いて与えるとのこと.夜に宿屋の人と話していたが、以前は学校の休みの時期に周遊券を使った旅行者で混んでいたが、最近では超割期間に混んで、学校の休みとはあまり関連が無くなったとのこと.昔の北海道周遊券は東京から 3 万円くらいで 20 日間特急を含む全列車乗り放題だったが、JR がその切符を廃止したので、それまでメインだったそういう周遊券の旅行者は全滅し、殆ど総て超割に流れていったらしい.夏場の旅行者のピークも、夏休み直前に設定される超割期間に全盛を迎え、超割が終わって夏休みに入ると旅行者の数は減るとのこと.あと宿の人がチャリダーと呼んでいる自転車旅行の人も激減しているとのこと.東京のほうじゃ自転車はむしろ盛んになっているように感じるが、数十万円の自転車で軽井沢や八ヶ岳、あるいは多摩川自転車道に出現する大勢の人たちと、北海道などを長距離ツーリングを行う人たちは、若干種類が違うのかもしれない.ただしバイクは相変わらず多いらしい.
2003/ 3/12(晴)
・パックでもない限りホテルの朝食は付けない事にしているが、ここではいくら街の中心部でバスターミナルに隣接したホテルでも、近くにファストフードなんてないし、バスに乗ると昼まで食事にありつけない気がするので、ホテルの朝食をつけてもらった.ご飯を食べて、港のほうに行き、海岸で少し流氷に乗ってみる.雪が積もっているので、時々足を踏み込んでしまい、それなりに恐いので岸の側だけにしておく.頃合をみてバスターミナルに行き、9 時半発の網走行きに乗る.
・バスに乗ったころから薄雲が晴れる.昨夜、一昨夜と夜には星も見えていたが、朝から青空が見えているのは久々だ.今度のバスは乗客は 10 名弱で、車掌兼ガイドがついている.紋別以北と以南では冬の観光に大きく差があるようだ.紋別以北では冬は完全にオフシーズンという感じだが、紋別以南の紋別、サロマ、網走、釧路では、むしろ夏よりも冬の観光に力を入れているという感じがする.
・紋別から湧別に入ると、道は海から遠ざかり牧場の中をバスは走る.このあたりは雪もかなり少なくなっている.サロマ湖では氷結した湖上で遊ぶ人も多く見られる.湖岸で運転手がバスを止め、左後ろを見れと言うので見てみたらオオワシがいた.途中でもどこかの商用車が路肩に車を止めて、運転手が双眼鏡で林を観察していたりしてたし、この辺りには多いのかもしれない.
・常呂バスターミナルに止まるが、ここも他のオホーツク沿いのバスターミナルと同様に鉄道記念館が並設されている、乗客が少なくなった結果とは言え、鉄道が無くなるのは街にとって寂しい事なのだろう.このあたりから網走まで、自転車専用道路が国道と並走している.夏に自転車で走ったら気持ちよさそうだ.網走には 12 時に着くが、バスガイドはサロマ湖付近からずっとしゃべりっぱなしで結構うるさい.冬季限定とはいえ路線バスにガイドは要らんわ.
・網走では 2 時間ほど暇があるの.港に行くか天望山に行くかしばし迷うが、天気もいいので天望山に行って、上から流氷を上から眺めることにする.天望山には流氷記念館もあるのでそれにも入ってみる.ちょうど流氷の映画が上映されるので、おとなしく座ってみていたら、ばばあの大軍が後ろのカーテンを開け放って乱入してきた.静かに入って画面を見てりゃいいのに、大声で笑ったり話したりで大騒ぎ.おまえら何しに来たんじゃ.迷惑極まりないから去れって感じ.
・網走駅に戻り特急オホーツク流氷号に乗って旭川に行く.いわゆるリゾート列車で 3 号車の一階部分はラウンジとなっている.先頭車両は展望車だ.ガラガラだが喫煙車に座りたかったので先頭車の指定席をとり、網走で買ったカニイクラ弁当を食べる.運転席とは素通しなので、停車駅に接近するごとに信号が鳴り響いてうるさい.遠軽からは進行方向が逆になり、最後部となって静かになる.ビデオ上映もやっているが外を見てるほうが楽しいので最後部の席に移って、去り行く後ろの景色を眺める.
・石北本線は網走刑務所の囚人が作った路線で、大量の犠牲者を出しながら完成したが、今では特急以外は殆ど通っていない.昔の幹線の面影として、ほとんどの駅ではすれ違いできるようになっていて、また今では普通列車は一両編成にも関わらず、ホームも 10 両分くらいあってやたらと長い.但しホームの除雪は 1 両分だけだ.安足間という外国語のような駅を通過した後、石狩川の鉄橋を渡ると鹿が 3 匹流れの中で佇んでいた.
・旭川に到着し今日のホテルに行くと、今回最悪のぼろいホテルを引いてしまった感じだ.部屋でフィルムを整理してたら、残りがなんだか足らないような気がする.今回来る前にフィルムを 10 本買い足したが、行く直前にこんなに要らんだろうと、それらを全部置いてきてしまったのが間抜けだ.去年と違って今年は流氷が見えたからフィルム消費が多い.街に出て写真屋を探すが大きな店がない.チェーン店はきっと郊外のスーパーにでもくっついているのだろう.JR フリー切符も持ってることだし、よほど明日の朝に札幌まで出てヨドバシカメラに行ってやろうとも思ったが、半日つぶれるのがもったいない.ショッピングセンターの中の小さな写真屋でフィルムの値段を聞くと、Provia100F は定価は 1,030 円だが 2 割引くよと言ってくれた.ヨドバシに比べるとポイント分だけ負けるが、それでも 2 割引いてくれるならありがたい.6 本あった在庫を全部もらう.写真屋のおばさんも売れないポジフィルムを一気に片付いて良かったという感じだった.
2003 / 3/ 11(晴)
・朝 8 時の紋別行きバスに乗る.バスターミナルには 10 人ばかり荷物を持った若者がいたが、みんな別の方面らしく紋別行きに乗ったのは私一人.貸切状態だ.天候は穏やかに晴れていてカラフトが白く見えている.道は海ぞいを走るが、海岸部の浅い部分には薄氷が張っている.40 分ほどで宗谷岬に着き 15 分くらい休憩がある.写真を撮ってまたバスに乗り込むが、道はしばらくすると内陸に入る.今日は氷点下 5 度だが風が無いので暖かい.ただ、普段は風が強いようで風力発電の風車をよく見かける.道沿いの植性が変わり出したころ、道は丘の上から再び海に近づくが、遠くに流氷らしきものがみえる.
・道と景色が広いので、バスは非常にゆっくり走っているように感じるが、それでも停留所には少し早めについている.浜鬼志別付近から海は純白の流氷に覆われだす.浜頓別のバスターミナルで少し休憩するが、この鉄道の無い街のバスターミナルは、なんとなく雰囲気がブラジルのバスターミナルっぽい.廃線跡と並行してはしるが、沖合いには流氷柵が植えられているのも見える.
・11 時前に枝幸に着く.バスは稚内 - 紋別直通の表示になっているが、実際には稚内からのバスはここで折り返し、紋別から来て折り返すバスに乗り換えることになる.隣に大きなスーパーがあったので、海鮮丼と骨付きソーセージを買って紋別行きのバスに乗る.さすが海の街だけあって安くて旨い.私は稚内から紋別への南行で、この先もバスの中は私一人だけだが、紋別から稚内行きの北行のバスも乗客は若者一人だった.
・雄武のバスターミナルで 5 分休憩.展望台が付いていたので上ってみると、果てしなく沖まで真っ白に輝いている.運転手が私に他に客がいないから車内でタバコを吸ってもいいよと言ってくれるが、臭いが付きそうなので止めとく.日の出岬には奇麗なホテルと、岬の先端にはガラスばりの展望台があってなかなかよさげなところだ.私が窓を開けて写真を撮っていたら、今年は 19 年振りに流氷山脈が出来たといって、氷が堆く盛り上がった場所でバスを止めてくれた.地元の人でもこれだけの流氷を見る事は滅多に無いらしい.
・やたらと魚臭い諸滑の街を過ぎると紋別に到着.そのまま終点のガリンコステーションに行く.予約していた 14:45 のガリンコ号に乗り込むが、さすがにここは人が多い.氷は港の中までびっちりと張っているのでガリンコ号も 2 つの巨大ドリルで氷を砕きながらも速度は出ない.上から見ただけでは分からないが、流氷はいろんな大きさのがあるらしく、時々ドリルの通らない巨大流氷に激突して船が傾いたり、力尽きてバックしたりする.流氷の上には動物の足跡もあるが一体何の動物だろう.前の方に行ってみると、観光客が順番に舵を握らせてもらって運転している.うーん、楽しそうだな.氷があまりにも厚すぎるので、港を出たところで折り返すが、来たとき開いた水路はすでに氷で覆われている.途中防波堤に近寄ったので何かと思ったら、オオワシが留まっていた.こんなの見るのは初めてだな.
・一時間の遊覧を終えて、電気バスで展望塔に行く.上からは延々と流氷が見え、海中からは海の中が見える.残念ながら海の中を泳ぐ生クリオネは見れなかったが、2 月頃には見えるらしい.海の中は真っ白に濁っているが、説明によるとこれが豊穣な北の海の正体という事.海中すべてが餌のようなものだと説明されていた.去年の網走の北方民族館で、熱帯のジャングルでは飢えるのに、北の氷の上にすむ人々は食料に囲まれているといった説明があったが、本当に氷の下は生き物だらけのようだ.
・市街地行きの最終バスは既に終わっていたので、タクシーでホテルに戻る.運転手の話によると網走の砕氷船オーロラ号は重心移動による砕氷船なので、この厚い氷は割れずに現在欠航中らしい.以前氷にオーロラ号が閉じ込められた時に救出しに出港したこともあるらしく、ガリンコ号のあの巨大な 2 本のドリルはこの街の自慢のようだ.
・いったんホテルに入った後、港の夜景を撮り、魚屋さんを兼ねた魚料理屋に晩ご飯を食べに入る.いろいろ食べたかったが、せっかくなので 1,500 円の海鮮丼を昼に続いて連荘で注文する.他の定食は 650 円なのでこの店のメニューの中では飛びぬけて高いが、めったに来れないということでちょっと奮発.さすがに昼に食べたやつとは違って、ノーマルな具の他に、鯨、ホッケ、ニシンの刺し身も乗っていた.ホッケやニシンの刺し身は初めてだな.すり身の味噌汁は鮭のすり身でこれまた珍しい感じ.カウンターでぐだぐだ話していたが、漁師の人たちは流氷で港が閉ざされても、春のカニ漁の準備があるから丁度よいらしい.但し今年は氷が去るのが遅そうだから、そろそろ漁師たちが騒ぎだしそうと言っていた.
2003/ 3/10(晴/雪)
・8 時過ぎに札幌駅に行くと、特急宗谷のホームでは自由席の車両には随分と列が出来ている.指定席も満席のようだが何故か私の横だけ空いている.他の席だと人が降りてもすぐにその駅から別の人が乗ってくるので、なんとなく隣の席は乗り遅れの感じがする.
・滝川で隣に一両だけの普通列車釧路行きが停まっている.随分遠い地名だと思いながら時刻表で調べると、8 時間かけて釧路まで行くようだ.比布を過ぎたあたりから周りに家が無くなる.塩狩峠では横の雪が列車の窓と同じくらいの高さまである.名寄から先は稚内までは PHS は圏外.特急停車駅でもアンテナは無いようだ.音威子府のあたりはずっと左手に天塩川に沿って走っていて天塩中川付近で宗谷本線唯一のトンネルをくぐるが、それまでの真冬の光景から春っぽい感じとなる.それまでは外は吹雪きだし、積雪も多かったが、この辺では木の根元あたりが解けている.お腹が空いてきたので車内販売を呼び止めるが弁当は全て売り切れでがっかり.稚内に近づくと丘の木はどれも背が低く、風で曲がっている.風力発電の風車も回っている.
・稚内に着いてホテルに荷物を置き、市内バスに乗ってノシャップ岬に行く.皆無ではないが観光客は殆どいない.沖は大荒れで吹雪の最果ての地では風が冷たい.岬にある水族館に行ってみると、アザラシのいる外のプールにはシャーベット状の氷が張り、その中をアザラシが気持ちよさげに泳いでいる.館内では小さな水槽の中でクリオネが光りながら羽ばたいているが、一度生でみてみたいものだ.回遊水槽では海水に慣らした巨大イトウの群が他の北の魚と一緒に泳いでいる.ホッケなどのうまそうな魚が底のほうにうようよいたり、ヒラメがはたはたと泳いでいたりで他の回遊水槽とは一味違う感じだ.出口付近の電気ナマズの水槽では、発生する電気をスピーカーでガリガリという音で鳴らしている.ちょうど餌付けの時間で金魚が数匹泳いでいるが、壊れそうなくらいのスピーカーのノイズと共に一瞬で金魚を食べるさまは大迫力だ.思わず 10 分くらい見とれてしまう.
・またバスに乗って市内に戻り、駅前の食堂で、すり身汁定食というものを食べる.なかなかうまくて満足.フェリーターミナルに行ってみるが、雪と風が強くなってきたのでホテルに戻る.
・夜になって再びカメラと三脚を持ってフェリーターミナルに行く.ふらふら歩くがラーメン屋が多い.駅から 50 メートルも離れると何も無くなる街だが、ちょうどその辺にプレハブのラーメン屋があり、なんだか車の出入りが多い.出前も出動してるしいかにもうまそうなので入ってみる.おばあちゃんが一人でやっていたが、味噌ラーメン 600 円にチャーシュー 50 円をつけて頼んだら、タマネギ、モヤシ、ハクサイ、挽肉山盛りに、チャーシューというよりショウガ焼きのような肉がこれまたあふれんばかりにのっかってやってきた.うーん、昨日の札幌時計台ラーメンの特製チャーシュー麺の比じゃねえな.お腹一杯になって 650 円払ってホテルに戻る.
2003 /3/ 9(晴)
・昼前のバスに乗って羽田空港へ.結構混雑しているがこの時期でもそれなりに旅行者はいるようだ.札幌行きの飛行機は満席.通路側に取れただけでもラッキーか.今日は東京から千歳までずっと快晴.苫小牧の上空では樽前山がよく見える.が、海は結構時化ている様だ.
・JR で北海道フリー切符を買い、明日の特急宗谷の指定席もとる.始発だから指定は取らなくても座れそうだが、喫煙車が指定席にしか設定されてないので、どうせ無料だからとっておく.窓側がとれてラッキー.千歳付近では雪が多かったが札幌に近づくに従い少なくなる.
・札幌駅は 2 日前に駅ビルタワーが完成して最初の週末ということで大混雑.こういう大規模なショッピングビルは名古屋駅に次いで全国で 2 番目だそうだ.まあ、札幌に買い物に来たわけじゃないんで、寄らずにすりぬける.
・ホテルで荷物を降ろしてラーメンを食べた後に大通り公園に行く.ぷらぷら写真を撮っていたらカメラのバッテリ警告灯が点いている.電光掲示板の気温は氷点下7.8度.こりゃ確かに寒いわ.ホテルに戻って明日のホテルの予約をし、さっさと寝る.
2003 /3 /6(霙)
・夕方から霙が降っている.天気予報って意外と当たるものだと関心.夜に飲み会があって、行くときには未だパラパラ状態だったが、終わった頃には本格的に降り出していた.こりゃ明日の道路はまた凍結かなー.少し早めに家をでなきゃ.
・画像加工ソフトは数多く出回っているが、女性向きをうたった美肌効果に特化した画像加工ソフトが発表された.シミ、シワなどを自動的に補正し、肌のきめも細かくなるように補正されるそうで、証明写真に適しているという事らしい.おぃおぃ、証明写真でそんなの使ったら犯罪行為じゃねーのか.少々補正したくなるのは人情だとしても、せめて原型を留めるよう手加減しとけよ、ってな感じ.
2003/ 3/ 5(晴)
・そろそろ花粉症の季節らしくマスク姿が目に付くようになってきた.帰りの電車で前に座ってた男の人なんて、マスクの他に透明ゴーグルまで着けて完全防備体制だ.私は花粉症じゃないのでイマイチよく分からないが、あそこまでしなきゃならないとは結構辛いのだろう.
・東電が原発停止のため、今月あたりで電力の供給に余裕が無くなるらしい.う〜ん、並外れて電力を消費している私なんか改善の余地有りだな.例の電力消費量が私の 1/13 しかない後輩に極意でも教えて貰おうかな.けどこの時期に暖房止めるのは辛いしなー.部屋の電灯は全てボール形状の蛍光灯に変えてるし.パソコンも超低消費電力を目指していろいろいじってるしな.テレビなんて元々全く点けてないし何から手をつければ良いんだろ.まあ、来週から一週間旅行に出かけるから、その間は電気は殆ど使わない筈で、少しは省電力に貢献したことになるのかな.
2003/ 3/ 4(晴)
・帰りに古本屋で宮脇俊三の文庫本を 3 冊ばかり買って帰る.これは旅行に持って行って読むかな.あと旅行の準備として使い捨てカイロと風邪薬でも買っておかねば.
・洗面所の鏡に吸盤で付けている小物入れが最近よく外れて落ちるようになった.吸盤がそろそろ寿命かな.昔買った電動歯ブラシなんか何回か落っこちてるうちについに壊れてしまった.ダイソーにでも行って 100 円のプラ小物入れでも買ってこなきゃ.
2003/ 3/ 3(曇)
・今日は春一番が吹いたらしい.そんなにも風が強かったような気もしないが、まあ吹いたところは吹いたのだろう.来週から流氷を見に行こうと思っているのに、去年に続いて流氷は去った後になっちゃうのかなー.
・晩御飯を食べてから、サンクスの特別弁当が今日までだったことに気づく.3/ 3 までの期間限定で、何やらいろんなおかずの載ってるお弁当が売っていて、これは食わねばと思っていたのだが、終に食べることなく終了.チト残念.
・鉄道作家の宮脇俊三さんが亡くなったらしい.中学生の頃にはよく彼の鉄道旅行の本を図書館で借りて読んでいて、その後はあまり読まなくなったが、最近では廃線シリーズを出していたようで、ネットで調べたら全部で 70 冊くらい出版している.青春 18 切符なんかもひょっとすると彼がいなかったらこの世に出てきてなかったかも知れないし、国内旅行記の草分け的存在だもんなー.私が鉄道旅行をし出したのも彼の本の影響を受けてるのは間違いないところだ.古本屋で文庫本でも買って読み直してみようかな.
2003/ 3/ 2(晴)
・先々週からゆうぱっくが来ていて、不在のまま放置していたが、多摩センターの郵便局まで取りに行く.去年結婚した友人からだった.カタログで何か選ぶようになっていたのだが、何も選んでなかったから業を煮やして送りつけてきたみたいだ.うーん、ちょっと失礼したかなー.
・来週末からの休暇は今年も北海道に行こうと決め、東京駅の JR 北海道プラザに航空券を買いに行く.まずは新宿の紀伊国屋で北海道内時刻表を買い、東京駅の傍の喫茶店でプランを立てる.来週日曜の飛行機で千歳に行って、その日の夜行で稚内へ.で、オホーツク海沿いにバスで南下するプランを立てて完璧.いざ、JR 北海道プラザに行くと、安いチケットの予約は、7 日前までとかで今日でギリギリセーフだ.ホテル 1 泊付だがホテルは到着日に指定ホテルを使わなければならないとの事.うーん、夜行列車で稚内に行こうと思ったのに札幌で泊まったら 1 日潰れるなー.それでもホテル無しより安いので、30 分ばかり外を歩きながら考えて結局そのプランで申し込んで切符を買う.せっかく 1 時間も考えてプランを立てたのに、後でまたやり直しだ.めんどいから来週考えようっと.
・秋葉原に寄り、パソコンの CPU を買う.Mobile Athlon 1400+/1.2GHz とちゃんと言ったつもりなのに、店の人と何だかすれ違いがあってちょっと時間を食ってしまう.以前に HDD を買ったときもそうだが、秋葉原でパーツを買うときは、製品名をちゃんと言わなきゃならないからちょっと緊張するなー.指差してそれくれじゃ売ってくれないもんな.部屋に帰ってマザーボードをケースから外し CPU を Athlon1700+ から Mobile Athlon1400+ に換える.このマザーボードは BIOS の具合が悪いらしく、Athlon1700+ だと電圧を下げると動かなかったが、今度のは定格が 1.3V なので 1.3V でちゃんと立ち上がる.電圧を下げていくと、1.2V では Windows が立ち上がって直ぐに変な音がして勝手にシャットダウンされるので、1.25V で動かすことにする.今までと同じ 133MHz x 5 倍の 667 MHz で動かすと計算値で 12.8W、ソフトウェアで測定すると 11W の消費電力となり、今年初めまで使っていた Athlon 1GHz に比べて 1/5 まで消費電力が下がった.CPU ファンを手で止めても問題無いみたいなので、後は電源さえ静音のに換えればかなりの静音パソコンになるだろう.
2003/ 3/ 1(雨)
・昔のパソコンから取り外したパーツがいろいろ余っていて、後はケースさえ有ればもう一台組めるくらいある.こんなの持っていても仕方ないので、新宿ソフマップに売りに出すことにする.とりあえずブロアとアルコールで綺麗にして、ぷちぷちに包んで持っていく.まずは見積もりに出し、1 時間ほど立ってから結果を貰うと、思ったよりも高く売れそうな感じだ.特にマザーボードの AOpen AK73Pro(A) が 4,000 円ってのはナカナカいい感じだ.あと、調子の悪くなっていた IBM の 60GB のハードディスクを 2 台持っていったが、これなんて買取価格が 6,000 円を超えている.買ったときの値段の半分くらいで取ってくれるとはありがたい.ちなみにどちらも使っていてエラーが出たので売りに出したわけだが、私がいろいろと試した結果、一台は完全に壊れているはずだ.物理エラーのあるセクタ部分をパーテーションで隔離すれば使える事は確認済みだが、普通に使う限り、間違いなくその部分を読み書きしに行くとシステムはハングアップする.まあ、ハードディスクのようなモーター内蔵パーツは中古で買っちゃだめだよな.
・そこまでは調子が良かったが、メモリで躓く.去年に親が昔使っていたパソコンのメモリを PC66 32MBx2 から PC100 128MB に換えたのだが、そのとき余って取り外した 32MB のメモリは買い取り価格が 0 円.引き取れないと言われて持ち帰る.更に PC133 の 512MB のメモリは、検査の結果 256MB でしたと言われて予定価格の半額になる.昔のパソコンでエクセルが立ち上がらなかったり、DVD がコマ落ちするのは糞メモリの所為だと断定していたのだが、256MB にしか判別できないマザーボードがあるとは驚きだ.これもとりあえず持ち帰るが、後で考えれば、このメモリは経験上パソコンに使えないから、いくら安くなるとはいえ、これを幸いで売ってしまえば良かったかも.失敗.
・買取に出した分は、現金ではなくカードのポイントで付くので、早速別のフロアで LAN ケーブルと CPU 切り替え器を買う.帰ってから CPU 切り替え器をディスクトップをノートパソコンに付けてみるが、ノートパソコン側が正しく動かない.マウスをシリアル RS232C 9 pin コネクタから取ってるからだめなのかなー.いずれ使う機会もあるだろうからまあいいや.
2003/ 3/ 1
- 2003/ 3/31
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